協業で紡ぐ、漁師の想いと島の価値

株式会社 新航丸

海と共に生きる中で、ずっと思い描いてきた“島の未来”。漁師の野﨑清美さんは、デザイナーの橋本さんとの出会いをきっかけに、その想いをホームページとロゴに込めて形にしました。高島の新たな一歩を生んだ挑戦をご紹介します。

Profile

唐津市の美しい島・高島で、定置網漁を営む「新航丸」。環境にやさしい漁法で海と共に生きながら、番屋やカフェの運営などを通じて“島の豊かさ”を伝え続けている。

株式会社 新航丸

取締役 野﨑 清美

佐賀県唐津市高島696-15

Interview

高島の海と漁の魅力を伝えたい

唐津城近くから船で10分の高島は、人口約200人の小島。島民の多くが野﨑姓で話題になりました。
私はその高島で漁師の家に生まれ、定置網漁の現場を間近で見て育ちました。環境負荷が少なく、獲りすぎない―「海に無理をさせない」定置網漁に誇りを持っています。
一度島を離れたのは、外の世界で視野を広げ、島に持ち帰る知恵を得たいと思ったからです。組織の運営や情報発信の基礎、サービスのつくり方を学ぶなかで、ふるさとの未来への不安は膨らみました。

「宝くじが当たる神社」として全国的に話題になった宝当神社ブームの立役者は父で、一時は観光客が押し寄せましたが、その後売上は低迷し、コロナ禍で訪問者は激減。島の人口減少と高齢化、漁師の後継者不足が進み、未利用魚の活用も進まない。「豊かな海に囲まれているのに、島の魚を食べられなくなるかもしれない」―そんな危機感が現実味を帯びました。
そこで30歳で高島に戻り、3代目として継ぐことを決意。法人化も行い、定置網漁を100年先まで残すと腹を決めました。一方で、漁法の価値や島の暮らしの面白さは十分伝わっておらず、特に若い人や観光客に届く情報は不足していました。漁師が情報発信を意識する機会はほとんどありません。それでも、島の暮らしと漁業の魅力をことばと写真で伝え、次の世代につなぐ―その思いが私の原点です。

偶然の出会いから想いを形に

広く正しく伝えるには、最初の接点となる「ホームページ」と、記憶に残る「ロゴ」が最適だと考えました。検索やSNSから辿り着く受け皿として、島・漁業・体験・食を一体で説明でき、一貫した世界観を築けるからです。そんな折、取材で島を訪れたのが橋本さん。私は島の現状とやりたいことを率直に語り、「理解したうえで作ってくれる人にお願いしたい」と制作を依頼しました。
協業が始まると、橋本さんはカメラマンと何度も来島し、一次情報の丁寧なヒアリング→言語化→写真設計→情報設計(IA)→デザイン→取材撮影→公開というプロセスで伴走。私の核となる思いを、「100年先も、この島で豊かに暮らす。」という言葉に結晶化してくださいました。島の未来をまっすぐ示す一行だと直感しました。

 

ロゴのモチーフは高島の代表魚タチウオと漁師の必需品である網。2本のラインと1つの点で、タチウオのしなりと網の目を想起させつつ、祖父・父・私へと続く継承と、ここから広がる新たな縁を描いています。タチウオは、銀白の体が夜明けの海に光る美しさ、祝いの食卓にのぼる親しみ、定置網漁で安定して水揚げされる象徴性があるため、島の「らしさ」を託すにふさわしいと判断しました。
その後、定置網漁を軸にした観光の循環をつくるため、築約100年の古民家をリノベーションした宿泊施設「番屋」をオープン。島のお母さんたちの料理を味わえるカフェも併設し、来訪者と島民が交わる場が生まれました。ブランドの一貫性を保つため、最初のロゴの世界観を継承し、ラインを増やした派生ロゴを展開。「資源(海・魚)→体験(漁)→滞在(番屋)→食(カフェ)→関係人口」という流れを、デザインと言葉で可視化しました。

眺めれば伝わる―島の魅力の発信ツール

ホームページとロゴが整い、島・漁業・番屋・カフェまで一体で伝える「軸」ができました。高島への思いを凝縮したページは、「素敵ですね」という共感の声が増え、来島前に「どんな島か」を想像して訪れる方が明らかに増えています。私たちは誰彼かまわずではなく、島の時間を尊び、共感してくれる方に来てほしい―その願いに近い変化が起きています。
以前は宝当神社だけが目的の来訪が多かったところ、ホームページを通じて番屋やカフェを知り、暮らしや漁師の仕事に触れる人が着実に増加。島の人も交流を楽しみ、「接客がしたい」という声が店から上がるようになりました。

伝える力を育て、未来につなげる

協業を通じて確信したのは、軸のあるホームページとロゴには、魅力を「伝え続ける力」があること。日々の仕事や島民の暮らしを丁寧に写真として残すことで、当たり前の日常が宝物のように美しいことにも気づけました。
これからは、船や大漁旗などへのデザイン展開にも取り組みたい。私は橋本さんとの出会いで、「自分にはない発想」に学ぶ価値を痛感したので、今後もデザイナーとのマッチングがあれば積極的に参加し、外部の視点を柔らかく取り入れていきたいです。
『伝える力』は、売上や集客だけでなく、地域資源を活かす仕組みづくりにもつながります。もし「うちの事業ももっと伝えたい」と思うなら、まず一歩踏み出し、デザイナーと話してみてください。事業の可能性が広がる大きな歩みになると信じています。

Designer依頼したデザイナー

ビーバー=ビーバー 橋本 優さん

アートディレクター、グラフィックデザイナー

佐賀県有田町を拠点に、夫婦でデザインユニットとして活動。じぶんたちの「くらし」を楽しくつくって、まわりのひとと、楽しさと幸せをシェアすることを目指し、トータルデザイン・ブランディング・WEBディレクション・内装デザイン・DIY施工など、幅広くサポートしている。