デザインで進化を続ける老舗旅館と温泉街

嬉野温泉 旅館 大村屋

旅館大村屋を20代で引き継いだ北川さんは、旅館の魅力をより明確に発信したいと考え、ユキヒラ・デザインの長尾さんに相談。イベント企画からブランディングまで、共に想いを形にしてきました。ここでは、その協業の軌跡をご紹介します。

Profile

江戸時代から多くの旅人を癒してきた、嬉野温泉で最も長い歴史を持つ旅館。近年は「湯上りを音楽と本で楽しむ宿」をコンセプトに、新たな魅力も創出している。

嬉野温泉 旅館 大村屋

15代目 北川 健太

佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙848

TEL.0954-43-1234

Interview

旅館の魅力を確かな形で伝えるために

2008年、東京から戻って経営を引き継いだ当時、旅館大村屋は「昔ながらの温泉旅館」という印象が強く、経営は厳しい状況でした。温泉街の来訪者も高齢化が進んでおり、若年層の集客方法を模索する中、隣町の波佐見が若者を巻き込み活気づいている様子に刺激を受け、嬉野温泉も若い世代にも届く情報発信が不可欠だと強く感じました。そこで始めたのが、旅館だけではなく温泉街全体の活性化を目指す取り組みです。
「スリッパ卓球」や「もみふぇす」など嬉野の温泉街に来てもらえるようなイベントを企画し、当初のイベントチラシは自分でWordやPowerPointで作っていました。しかし思い描く仕上がりにはほど遠く、自分の力だけでは越えられない壁を感じました。波佐見のイベントフライヤーがオシャレだったので、やはりプロの力を借りる必要があると痛感しましたが、当時の僕はデザイナーの知り合いもいない、誰に声をかけていいのかわからないといった状況でした。
そんな折、ユキヒラ・デザインの長尾さんを訪ねてみようと思ったのです。福岡から武雄に移住したデザイナーである長尾さんのことは学生時代からブログで知っていて、 “こんな人がいるんだ”と関心をもって見ていました。デザイナーに相談しようと思ったのも、長尾さんだったら良さそうだと直感的に思ったから。勇気を出して連絡したのが、今日まで続く協業の第一歩です。

音楽バンドのように息を合わせて

最初の打ち合わせは嬉野で行うチャリティーチラシでした。数時間にわたり、仕事の話だけではなく、共通の趣味でもある音楽の話にも広がりました。その時は「アイデアが固まっていないなら無理に作らないほうがよい」という助言をいただき、ハッとしました。また「事業も音楽バンドと同じく、役割分担が大事」という話が印象的で、ぼんやりしたアイデアが少しずつ具体化していきました。
また、イベント集客のための営業同行や福岡のカフェ・ショップの紹介など、幅広くサポートしてくれました。デザイナーがそこまでしてくれるとは思わず、非常に心強く感じました。
その後、実際に協業を始めたのは約1年後。長尾さんのアイデアで若い層にも訴求力の高いロゴ、チラシ、館内リーフレット、手土産パッケージなどをデザインしていただきました。例えば、「bouro」のギフト箱内には旅館の歴史やお茶の栽培方法を読み物として掲載し、「牛乳プリン」は旅行カバン風にパッケージを刷新するなど、宿泊者や贈り物の受け手が楽しめるよう工夫が施されています。どれも長尾さんに僕の想いをしっかりヒアリングしてもらい、最適なアプローチを提案してもらいつつ、ブラッシュアップを重ねて作り上げたものです。

さらに、モノを作っていただくだけでなく、イベントの視察や撮影の同行など随所で伴走していただきました。プロセスの随所で意見交換を重ね、想いを形にしていったことで、旅館の存在感と地域における役割は確かなものになっていきました。

コンセプトを確立しブランド力も向上

理想に近い形でロゴやチラシなどの広報ツールが整い、イベントには若い世代が集まるようになりました。当時はインバウンドという言葉もまだ一般的ではなく、温泉地としては厳しい時代でしたが、数百人が来場し、デザインの力を強く実感しました。
この経験が、現在の旅館大村屋のコンセプト「湯上りを音楽と本で楽しむ宿」の確立につながり、大村屋で行う音楽イベントの開催や宿泊体験、嬉野観光協会のイベントなど、僕が関わるさまざま企画には長尾さんのデザインが活かされています。これまでのイベントチラシを振り返るだけでも、旅館大村屋のブランディングのポートフォリオになっていると感じます。最近はバーテンダーが加わったことで新設した「Music Bar OOMURAYA」のロゴや看板も長尾さんに手がけていただき、旅館大村屋ならではの体験価値が生まれ、嬉野の中でも独自の存在として認識されるようになりました。
さらに、長尾さんを通じて出会ったカメラマンやクリエイターの協力もあり、館内の展示や装飾がブラッシュアップされたことで、旅館のブランド価値は目に見える形で高まりました。SNSや口コミでも旅館の世界観やパッケージのデザインが話題になり、滞在者の満足度向上につながっています。こうして思い描いていた世界が、少しずつ嬉野で形になっていきました。

ほどよい距離感で続く、共に価値を育てる関係

かつてはプロに依頼すること自体にハードルを感じていましたが、今では気軽に相談できる大切なパートナーだと感じています。魚屋や肉屋、酒屋と同じように、旅館を営むうえで欠かせない存在です。AIも便利になりましたが、背景や文脈を受け取り、一つの世界にまとめ上げるには、人の感性と視点が不可欠です。
こうした協業の経験を通じて強く感じるのは、「自分だけで何とかしようと抱え込まなくてもいい」ということです。価値観の合う相手と出会い、小さな相談から始めるだけで、事業の可能性は大きく広がります。デザイナーの力を借りることで、事業の魅力がより鮮明になり、新しい層へ伝わっていきます。
僕たちの取り組みがそうであったように、理想や想いを理解し、共に形にしてくれるデザイナーは必ずいます。まずは一度、SAGA CREATIVE HUBなどの事業を活用してみてください。きっと、自分の事業がどんなふうに進化していけるのか、次の一歩が見えてくるはずです。

Designer依頼したデザイナー

ユキヒラ・デザイン 長尾 行平さん

アートディレクター、グラフィックデザイナー、イラストレーター

福岡市内のデザイン事務所、広告制作プロダクションを経て 2005年に福岡から佐賀県武雄市に移住し独立。 企業やSHOPのブランディング、商品開発、 キャラクターデザインなどのフィールドで佐賀、九州を中心に活動中。